解いて、密《そ》とその鬢《びん》を掻上《かきあ》げた。我が髪ながらヒヤリと冷たく、褄《つま》に乱れた縮緬《ちりめん》の、浅葱《あさぎ》も色の凄《すご》きまで。

       十六

 疲れてそのまま、掻巻《かいまき》に頬《ほお》をつけたなり、浦子はうとうととしかけると、胸の動悸《どうき》に髪が揺れて、頭《かしら》を上へ引かれるのである。
「ああ、」
 とばかり声も出ず、吃驚《びっくり》したようにまた起直った。
 扱帯《しごき》は一層《ひとしお》しゃらどけして、褄《つま》もいとどしく崩れるのを、懶《ものう》げに持て扱いつつ、忙《せわ》しく肩で呼吸《いき》をしたが、
「ええ、誰も来てくれないのかねえ、私が一人でこんなに、」
 と重たい髷《まげ》をうしろへ振って、そのまま仰《のけ》ざまに倒れそうな、身を揉《も》んで膝《ひざ》で支えて、ハッとまた呼吸《いき》を吐《つ》くと、トントンと岩に当って、時々|崖《がけ》を洗う浪。松風が寂《しん》として、夜が更けたのに心着くほど、まだ一声も人を呼んでは見ないのであった。
「松か、」
 夫人は残燈《ありあけ》に消え残る、幻のような姿で、蚊帳の中から女中を
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