りは潮が押し入れた、川尻のちと広い処を、ふらふらと漕ぎのぼると、浪のさきが飜って、潮の加減も点燈《ひともし》ごろ。
 帆柱が二本並んで、船が二|艘《そう》かかっていた。舷《ふなばた》を横に通って、急に寒くなった橋の下、橋杭《はしぐい》に水がひたひたする、隧道《トンネル》らしいも一思い。
 石垣のある土手を右に、左にいつも見る目より、裾《すそ》も近ければ頂もずっと高い、かぶさる程なる山を見つつ、胴ぶくれに広くなった、湖のような中へ、他所《よそ》の別荘の刎橋《はねばし》が、流《ながれ》の半《なかば》、岸近な洲《す》へ掛けたのが、満潮《みちしお》で板も除《の》けてあった、箱庭の電信ばしらかと思うよう、杭がすくすくと針金ばかり。三角形《さんかくなり》の砂地が向うに、蘆の葉が一靡《ひとなび》き、鶴の片翼《かたつばさ》見るがごとく、小松も斑《ふ》に似て十本《ともと》ほど。
 暮れ果てず灯《ともし》は見えぬが、その枝の中を透く青田越《あおたご》しに、屋根の高いはもう我が家。ここの小松の間を選んで、今日あつらえた地蔵菩薩《じぞうぼさつ》を――
 仏様でも大事ない、氏神にして祭礼《おまつり》を、と銑さん
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