かりで、あんな、恐ろしい、忌《いま》わしい不気味なものを、しかも昼間見ようとは、それこそ夢にも知らなかった。
 船はそのためとして見れば、巌の婦人も夢ではない。石屋の親方が自分を背負《おぶ》って、世話をしてくれたのも、銑さんが船を漕いだのも、浪も、鴎も夢ではなくって、やっぱり今のが夢であろう。
 ――「ああ、恐しい夢を見た。」――
 と肩がすくんで、裳《もすそ》わなわな、瞳《ひとみ》を据えて恐々《こわごわ》仰ぐ、天井の高い事。前後左右は、どのくらいあるか分らず、凄《すご》くて※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すことさえならぬ、蚊帳《かや》に寂しき寝乱れ姿。

       十五

 果して夢ならば、海も同じ潮入りの蘆間《あしま》の水。水のどこからが夢であって、どこまでが事実であったか。船はもう一浪《ひとなみ》で、一つ目の浜へ着くようになった時、ここから上って、草臥《くたび》れた足でまた砂を蹈《ふ》もうより、小川尻《おがわじり》へ漕《こ》ぎ上《あが》って、薦の葉を一またぎ、邸《やしき》の背戸の柿の樹へ、と銑さんの言った事は――確《たしか》に今も覚えている。
 艪《ろ》よ
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