するものではねえと、大丈夫に承合《うけあ》うし、銑太郎もなかなか素人離れがしている由、人の風説《うわさ》も聞いているから、安心して乗って出た。
 岩の間をすらすらと縫って、銑さんが船を持って来てくれる間、……私は銀の粉を裏ごしにかけたような美しい砂地に立って、足許《あしもと》まで藍《あい》の絵具を溶いたように、ひたひた軽く寄せて来る、浪に心は置かなかったが、またそうでもない。先刻《さっき》の荒物屋が背後《うしろ》へ来て、あの、また変な声で、御新姐様《ごしんぞさま》や、といいはしまいかと、大抵気を揉《も》んだ事ではない。……
 婆さんは幾らも居る、本宅のお針も婆さんなら、自分に伯母が一人、それもお婆さん。第一近い処が、今内に居る、松やの阿母《おふくろ》だといって、この間隣村から尋ねて来た、それも年より。なぜあんなに恐ろしかったか、自分にも分らぬくらい。
 毛虫は怪しいものではないが、一目見ても総毛立つ。おなじ事で、たとえ不気味だからといって、ちっとも怪しいものではないと、銑さんはいうけれど、あの、黄金色《こがねいろ》の目、黄《きいろ》な顔、這《は》うように歩行《ある》いた工合。ああ、思い
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