の衣紋《えもん》崩れたる、雪の膚《はだえ》に蚊帳の色、残燈《ありあけ》の灯に青く染まって、枕《まくら》に乱れた鬢《びん》の毛も、寝汗にしとど濡れたれば、襟白粉《えりおしろい》も水の薫《かおり》、身はただ、今しも藻屑《もくず》の中を浮び出でたかの思《おもい》がする。
 まだ身体《からだ》がふらふらして、床の途中にあるような。これは寝た時に今も変らぬ、別に怪しい事ではない。二つ目の浜の石屋が方《かた》へ、暮方仏像をあつらえに往《い》った帰りを、厭《いや》な、不気味な、忌わしい、婆《ばば》のあらもの屋の前が通りたくなさに、ちょうど満潮《みちしお》を漕《こ》げたから、海松布《みるめ》の流れる岩の上を、船で帰って来たせいであろう。艪《ろ》を漕いだのは銑さんであった、夢を漕いだのもやっぱり銑さん。
 その時は折悪《おりあし》く、釣船も遊山船《ゆさんぶね》も出払って、船頭たちも、漁、地曳《じびき》で急がしいから、と石屋の親方が浜へ出て、小船を一|艘《そう》借りてくれて、岸を漕いでおいでなさい、山から風が吹けば、畳を歩行《ある》くより確《たしか》なもの、船をひっくりかえそうたって、海が合点《がってん》
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