声をかけて見ようと思う、嫗は小屋で暗いから、他《ほか》の一人はそこへと見|遣《や》るに、誰《たれ》も無し、月を肩なる、山の裾、蘆を※[#「ころもへん+因」、第4水準2−88−18]《しとね》の寝姿のみ。
「賢、」
と呼んだ、我ながら雉子《きじ》のように聞えたので、呟《せきばらい》して、もう一度、
「賢君、」
「は、」
と快活に返事する。
「今の婆さんは幾歳《いくつ》ぐらいに見えました。」
「この茶店のですか。」
「いや、もう一人、……ここへ来た年寄が居たでしょう。」
「いいえ。」
十三
「あれえ! ああ、あ、ああ……」
恐《こわ》かった、胸が躍って、圧《おさ》えた乳房重いよう、忌《いま》わしい夢から覚めた。――浦子は、独り蚊帳《かや》の裡《うち》。身の戦《わなな》くのがまだ留《や》まねば、腕を組違えにしっかと両の肩を抱いた、腋《わき》の下から脈を打って、垂々《たらたら》と冷《つめた》い汗。
さてもその夜《よ》は暑かりしや、夢の恐怖《おそれ》に悶《もだ》えしや、紅裏《もみうら》の絹の掻巻《かいまき》、鳩尾《みずおち》を辷《すべ》り退《の》いて、寝衣《ねまき》
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