を。
何《なん》となくぼんやりして、ああ、家も、路《みち》も、寺も、竹藪《たけやぶ》を漏る蒼空《あおぞら》ながら、地《つち》の底の世にもなりはせずや、連《つれ》は浴衣の染色《そめいろ》も、浅き紫陽花《あじさい》の花になって、小溝《こみぞ》の暗《やみ》に俤《おもかげ》のみ。我はこのまま石になって、と気の遠くなった時、はっと足が出て、風が出て、婦人《おんな》は軒を離れて出た。
小走りに急いで来る、青葉の中に寄る浪のはらはらと爪尖《つまさき》白く、濃い黒髪の房《ふさ》やかな双の鬢《びんづら》、浅葱《あさぎ》の紐《ひも》に結び果てず、海水帽を絞って被《かぶ》った、豊《ゆたか》な頬《ほお》に艶《つや》やかに靡《なび》いて、色の白いが薄化粧。水色縮緬《みずいろちりめん》の蹴出《けだし》の褄《つま》、はらはら蓮《はちす》の莟《つぼみ》を捌《さば》いて、素足ながら清らかに、草履ばきの埃《ほこり》も立たず、急いで迎えた少年に、ばッたりと藪の前。
「叔母さん、」
と声をかけて、と見るとこれが音に聞えた、燃《もゆ》るような朱の唇、ものいいたさを先んじられて紅梅の花|揺《ゆら》ぐよう。黒目勝《くろめがち
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