此方《こなた》の袖に隠れるので、路《みち》を対方《むこう》へ。別荘の袖垣から、斜《ななめ》に坂の方を透かして見ると、連《つれ》の浴衣は、その、ほの暗い小店に艶《えん》なり。
「何をしているんだろう。もうしもうし浦島さん……じゃない、浦子さんだ。」
と破顔しつつ、帽のふちに手をかけて、伸び上るようにしたけれども、軒を離れそうにもせぬのであった。
「店ぐるみ総じまいにして、一箇《ひとつ》々々袋へ入れたって、もう片が附く時分じゃないか。」
と呟《つぶや》くうちに真面目《まじめ》になった、銑太郎は我ながら、
「串戯《じょうだん》じゃない、手間が取れる。どうしたんだろう、おかしいな。」
二
とは思ったが、歴々《ありあり》彼処《かしこ》に、何の異状なく彳《たたず》んだのが見えるから、憂慮《きづかう》にも及ぶまい。念のために声を懸けて呼ぼうにも、この真昼間《まっぴるま》。見える処に連《つれ》を置いて、おおいおおいも茶番らしい、殊に婦人《おんな》ではあるし、と思う。
今にも来そうで、出向く気もせず。火のない巻莨《まきたばこ》を手にしたまま、同じ処に彳んで、じっと其方《そなた》
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