それに二つ目へ行かっしゃるに、奥様は通り路。もう先刻《さっき》に拝んだじゃろうが、念のためじゃ立寄りましょ。ああ、それよりかお婆さん、」
 と片頬《かたほ》を青く捻《ね》じ向けた、鼻筋に一つの目が、じろりと此方《こなた》を見て光った。
「主《ぬし》、数珠《じゅず》を忘れまいぞ。」
「おう、可《よ》いともの、お婆さん、主、その※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《えい》の針を落さっしゃるな。」
「御念には及ばぬわいの。はい、」
 と言って、それなり前途《むこう》へ、蘆を分ければ、廂《ひさし》を離れて、一人は店を引込《ひっこ》んだ。磯《いそ》の風|一時《ひとしきり》、行《ゆ》くものを送って吹いて、颯《さっ》と返って、小屋をめぐって、ざわざわと鳴って、寂然《ひっそり》した。
 吻々吻《ほほほ》と花やかな、笑い声、浜のあたりに遥《はるか》に聞ゆ。
 時に一碗の茶を未《いま》だ飲干さなかった、先生はツト心着いて、いぶかしげな目で、まず、傍《かたわら》なる少年の並んで坐った背《せな》を見て、また四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》したが、月夜の、夕日に返ったよ
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