るのであろう。ただそのままでは根から崩れて、海の方へ横倒れにならねばならぬ。
 肩と首とで、うそうそと、斜めに小屋を差覗《さしのぞ》いて、
「ござるかいの、お婆さん。」
 と、片頬夕日に眩《まぶ》しそう、ふくれた片頬は色の悪さ、蒼《あお》ざめて藍《あい》のよう、銀色のどろりとした目、瞬《またたき》をしながら呼んだ。
 駄菓子の箱を並べた台の、陰に入って踞《しゃが》んで居た、此方《こなた》の嫗《おうな》が顔を出して、
「主《ぬし》か。やれもやれも、お達者でござるわや。」
 と、ぬいと起《た》つと、その紅糸《べにいと》の目が動く。

       十

 来たのが口もあけず、咽喉《のど》でものを云うように、顔も静《じっ》と傾いたるまま、
「主《ぬし》もそくさいでめでたいぞいの。」
「お天気模様でござるわや。暑さには喘《あえ》ぎ、寒さには悩み、のう、時候よければ蛙《かわず》のように、くらしの蛇に追われるに、この年になるまでも、甘露の日和《ひより》と聞くけれども、甘い露は飲まぬわよ、ほほほ、」
 と薄笑いした、また歯が黒い。
「おいの、さればいの、お互《たがい》に砂《いさご》の数ほど苦しみのた
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