糸、と見るばかり、赤く線を引いていたのである。
「成程、はあ、いかにも、」
と言ったばかり、嫗の言《ことば》は、この景に対するものをして、約半時の間、未来の秋を想像せしむるに余りあって、先生は手なる茶碗を下にも措《お》かず、しばらく蘆を見て、やがてその穂の人の丈よりも高かるべきを思い、白泡のずぶずぶと、濡土《ぬれつち》に呟《つぶや》く蟹の、やがてさらさらと穂に攀《よ》じて、鋏《はさみ》に月を招くやなど、茫然《ぼうぜん》として視《なが》めたのであった。
蘆の中に路があって、さらさらと葉ずれの音、葦簀《よしず》の外へまた一人、黒い衣《きもの》の嫗が出て来た。
茶色の帯を前結び、肩の幅広く、身もやや肥えて、髪はまだ黒かったが、薄さは条《すじ》を揃えたばかり。生際《はえぎわ》が抜け上って頭《つむり》の半ばから引詰《ひッつ》めた、ぼんのくどにて小さなおばこに、櫂《かい》の形の笄《こうがい》さした、片頬《かたほ》痩《や》せて、片頬《かたほ》肥《ふと》く、目も鼻も口も頤《あご》も、いびつ形《なり》に曲《ゆが》んだが、肩も横に、胸も横に、腰骨のあたりも横に、だるそうに手を組んだ、これで釣合いを取
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