え》のまわりには、また多《いこ》う茂ってござる。
秋にもなって見やしゃりませ。丈が高う、穂が伸びて、小屋は屋根に包まれる、山の懐も隠れるけに、月も葉の中から出《で》さされて、蟹《かに》が茎へ上《あが》っての、岡沙魚《おかはぜ》というものが根の処で跳ねるわや、漕《こ》いで入る船の艪櫂《ろかい》の音も、水の底に陰気に聞えて、寂しくなるがの。その時稲が実るでござって、お日和《ひより》じゃ、今年は、作も豊年そうにござります。
もう、このように老い朽ちて、あとを頂く御菩薩《ごぼさつ》の粒も、五つ七つと、算《かぞ》えるようになったれども、生《しょう》あるものは浅間《あさま》しゅうての、蘆の茂るを見るにつけても、稲の太るが嬉しゅうてなりませぬ、はい、はい。」
と細いが聞くものの耳に響く、透《とお》る声で言いながら、どこをどうしたら笑えよう、辛き浮世の汐風《しおかぜ》に、冷《つめた》く大理石になったような、その仏造った顔に、寂しげに莞爾《にっこり》笑った。鉄漿《かね》を含んだ歯が揃って、貝のように美しい。それとなお目についたは、顔の色の白いのに、その眠ったような繊《ほそ》い目の、紅《くれない》の
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