って困る。奥さんは何も知らず、銑太郎なお欺くべしじゃが、あの、お松というのが、また悪く下情《かじょう》に通じておって、ごうなや川蝦《かわえび》で、鰺《あじ》やおぼこの釣れないことは心得ておるから。これで魚屋へ寄るのは、落語の権助が川狩の土産に、過って蒲鉾《かまぼこ》と目刺を買ったより一層の愚じゃ。
特に餌《えさ》の中でも、御馳走の川蝦は、あの松がしんせつに、そこらで掬《すく》って来てくれたんで、それをちぎって釣る時分は、浮木《うき》が水面に届くか届かぬに、ちょろり、かいず奴《め》が攫《さら》ってしまう。
大切な蝦五つ、瞬く間にしてやられて、ごうなになると、糸も動かさないなどは、誠に恥入るです。
私は賢君が知っとる通り、ただ釣という事におもしろい感じを持って行《や》るのじゃで、釣れようが釣れまいが、トンとそんな事に頓着《とんちゃく》はない。
次第に因ったら、針もつけず、餌なしに試みて可《い》いのじゃけれど、それでは余り賢人めかすようで、気咎《きとがめ》がするから、成るべく餌も附着《くッつ》けて釣る。獲物の有無《ありなし》でおもしろ味に変《かわり》はないで、またこの空畚《からびく》
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