。」
「勿論です。今日ばかりは途中で叔母さんに何にも強請《ねだ》らない。犬川で帰って来て、先生の御馳走《ごちそう》になるんですって。」
 とまた顔を見る。
 この時、先生|愕然《がくぜん》として頸《うなじ》をすくめた。
「あかぬ! 包囲攻撃じゃ、恐るべきだね。就中《なかんずく》、銑太郎などは、自分釣棹をねだって、貴郎《あなた》が何です、と一言の下《もと》に叔母御《おばご》に拒絶された怨《うらみ》があるから、その祟《たた》り容易ならずと可知矣《しるべし》。」
 と蘆の葉ずれに棹を垂れて、思わず観念の眼《まなこ》を塞《ふさ》げば、少年は気の毒そうに、
「先生、買っていらっしゃい。」
「買う?」
「だって一|尾《ぴき》も居ないんですもの。」
 と今更ながら畚《びく》を覗《のぞ》くと、冷《つめた》い磯《いそ》の香《におい》がして、ざらざらと隅に固まるものあり、方丈記に曰《いわ》く、ごうなは小さき貝を好む。

       八

 先生は見ざる真似《まね》して、少年が手に傾けた件《くだん》の畚《びく》を横目に、
「生憎《あいにく》、沙魚《はぜ》、海津《かいづ》、小鮒《こぶな》などを商う魚屋がなく
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