髯《ひげ》のあとの黒いのも柔和である。白地に藍《あい》の縦縞《たてじま》の、縮《ちぢみ》の襯衣《しゃつ》を着て、襟のこはぜも見えそうに、衣紋《えもん》を寛《ゆる》く紺絣《こんがすり》、二三度水へ入ったろう、色は薄く地《じ》も透いたが、糊沢山《のりだくさん》の折目高。
 薩摩下駄《さつまげた》の小倉《こくら》の緒《お》、太いしっかりしたおやゆびで、蝮《まむし》を拵《こしら》えねばならぬほど、弛《ゆる》いばかりか、歪《ゆが》んだのは、水に対して石の上に、これを台にしていたのであった。
 時に、釣れましたか、獲物を入れて、片手に提《ひっさ》ぐべき畚《びく》は、十八九の少年の、洋服を着たのが、代りに持って、連立って、海からそよそよと吹く風に、山へ、さらさらと、蘆《あし》の葉の青く揃って、二尺ばかり靡《なび》く方へ、岸づたいに夕日を背《せな》。峰を離れて、一刷《ひとはけ》の薄雲を出《いで》て玉のごとき、月に向って帰途《かえりみち》、ぶらりぶらりということは、この人よりぞはじまりける。
「賢君、君の山越えの企ては、大層帰りが早かったですな。」
 少年は莞爾《にこ》やかに、
「それでも一抱えほど山百
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