「だからこの場合ですもの。やっぱり厭な感じだ。その気味の悪い感じというのが、毛虫とおなじぐらいだと思ったらどうです。別に不思議なことは無いじゃありませんか。毛虫は気味が悪い、けれども怪《あやし》いものでも何でもない。」
「そう言えばそうですけれど、だって婆さんの、その目が、ねえ。」
「毛虫にだって、睨《にら》まれて御覧なさい。」
「もじゃもじゃと白髪《しらが》が、貴郎。」
「毛虫というくらいです、もじゃもじゃどころなもんですか、沢山毛がある。」
「まあ、貴下《あなた》の言うことは、蝸牛《でんでんむし》の狂言のようだよ。」と寂しく笑ったが、
「あれ、」
 寺でカンカンと鉦《かね》を鳴らした。
「ああ、この路の長かったこと。」

       七

 釣棹《つりざお》を、ト肩にかけた、処士あり。年紀《とし》のころ三十四五。五分刈《ごぶがり》のなだらかなるが、小鬢《こびん》さきへ少し兀《は》げた、額の広い、目のやさしい、眉の太い、引緊《ひきしま》った口の、やや大きいのも凜々《りり》しいが、頬肉《ほおじし》が厚く、小鼻に笑《え》ましげな皺《しわ》深く、下頤《したあご》から耳の根へ、べたりと
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