》に言った。
「ああ、そうでした。」
 と心着くと、これを嫗に握られた、買物を持った右の手は、まだ左の袂《たもと》の下に包んだままで、撫肩《なでがた》の裄《ゆき》をなぞえに、浴衣の筋も水に濡れたかと、ひたひたとしおれて、片袖しるく、悚然《ぞっ》としたのがそのままである。大事なことを見るがごとく、密《そっ》とはずすと、銑太郎も覗《のぞ》くように目を注いだ。
「おや!」
「…………」

       六

 黒の唐繻子《とうじゅす》と、薄鼠《うすねずみ》に納戸がかった絹ちぢみに宝づくしの絞《しぼり》の入った、腹合せの帯を漏れた、水紅色《ときいろ》の扱帯《しごき》にのせて、美しき手は芙蓉《ふよう》の花片《はなびら》、風もさそわず無事であったが、キラリと輝いた指環《ゆびわ》の他《ほか》に、早附木《マッチ》らしいものの形も無い。
 視詰《みつ》めて、夫人は、
「…………」ものも得《え》いわぬのである。
「ああ、剰銭《つり》と一所に遺失《おと》したんだ。叔母さんどの辺?」
 と気早《きばや》に向き返って行《ゆ》こうとする。
「お待ちなさいよ。」
 と遮って上げた手の、仔細《しさい》なく動いたのを、
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