、町家《まちや》の揃った処がある。あれはどこへ行《ゆ》く道だね。」
「それはね、旦那さん、那谷《なや》から片山津《かたやまづ》の方へ行く道だよ。」
「そうか――そこの中ほどに、さきが古道具屋と、手前が桐油《とうゆ》菅笠屋《すげがさや》の間に、ちょっとした紙屋があるね。雑貨も商っている……あれは何と言う家《うち》だい。」
「白粉《おしろい》や香水も売っていて、鑵詰《かんづめ》だの、石鹸箱はぴかぴかするけど、じめじめとした、陰気な、あれかあね。」
「全くだ、陰気な内だ。」
 と言って客は考えた。
「それは、旦那さん――あ、あ、あ、何屋とか言ったがね、忘れたよ。口まで出るけども。」
 と給仕盆を鞠《まり》のように、とんとんと膝を揺《ゆす》って、
「治兵衛《じへえ》坊主《ぼうず》の家ですだよ。」
「串戯《じょうだん》ではない。紙屋で治兵衛は洒落ではないのか。」
「何、人が皆そう言うでね。本当の名だか何だか知らないけど、治兵衛坊主で直《じ》きと分るよ。旦那さん、知っていなさるのかね、あの家を。」

 客は、これより前《さき》、ちょっと買ものに出たのであった。――実は旅の事欠けに、半紙に不自由をし
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