たので、帳場へ通じて取寄せようか、買いに遣《や》ろうかとも思ったが、式《かた》のごとき大まかさの、のんびりさの旅館であるから、北国一の電話で、呼寄せていいつけて、買いに遣って取寄せる隙《ひま》に、自分で買って来る方が手取早《てっとりばや》い。……膳の来るにも間があろう。そう思ったので帽子も被《かぶ》らないで、黙《だんま》りで、ふいと出た。
直き町の角の煙草屋《たばこや》も見たし、絵葉がき屋も覗《のぞ》いたが、どうもその類のものが見当らない。小半町|行《ゆ》き、一町行き……山の温泉《いでゆ》の町がかりの珍しさに、古道具屋の前に立ったり、松茸の香を聞いたり、やがて一軒見附けたのが、その陰気な雑貨店であった。浅い店で、横口の奥が山のかぶさったように暗い。並べた巻紙の上包《うわづつみ》の色も褪《あ》せたが、ともしく重ねた半紙は戸棚の中に白かった。「御免なさいよ、今日は、」と二三度声を掛けたが返事をしない。しかしこんな事は、金沢の目貫《めぬき》の町の商店でも、経験のある人だから、気短《きみじか》にそのままにしないで、「誰か居ませんか、」と、もう一度呼ぶと、「はい、」とその時、媚《なまめ》かしい
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