みさごの鮨
泉鏡花

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)旦那《だんな》さん

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)加賀国|山代《やましろ》温泉

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子《れんじ》
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       一

「旦那《だんな》さん、旦那さん。」
 目と鼻の前《さき》に居ながら、大きな声で女中が呼ぶのに、つい箸《はし》の手をとめた痩形《やせがた》の、年配で――浴衣に貸広袖《かしどてら》を重ねたが――人品のいい客が、
「ああ、何だい。」
「どうだね、おいしいかね。」
 と額で顔を見て、その女中はきょろりとしている。
 客は余り唐突《だしぬけ》なのに驚いたようだった。――少い経験にしろ、数の場合にしろ、旅籠《はたご》でも料理屋でも、給仕についたものから、こんな素朴な、実直な、しかも要するに猪突《ちょとつ》な質問を受けた事はかつてない。
 ところで決して不味《まず》くはないから、
「ああ、おいしい
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