もに飛んでたちまち響いた。
けたたましい、廊下の話声を聞くと、山中温泉の旅館に、既に就寝中だった学士が、白いシイツを刎《は》ねて起きた。
寝床から自動車を呼んで、山代へ引返して、病院へ移ったという……お光の病室の床に、胸をしめて立った時、
「旦那さん、――お光さんが貴方《あなた》の、お身代り。……私はおくれました。」
と言って、小春がおもはゆげに泣いて縋《すが》った。
「お光さん、私だ、榊だ、分りますか。」
「旦那さんか、旦那さんか。」
と突拍子な高調子で、譫言《うわごと》のように言ったが、
「ようこそなあ――こんなものに……面《つら》も、からだも、山猿に火熨斗《ひのし》を掛けた女だと言われたが、髪の毛ばかり皆《みんな》が賞《ほ》めた。もう要らん。小春さん。あんた、油くさくて気の毒やが、これを切って、旦那さんに上げて下さんせ。」
立会った医師が二人まで、目を瞬《しばたた》いて、学士に会釈しつつ、うなずいた。もはや臨終だそうである。
「頂戴しました。――貰ったぞ。」
「旦那さん、顔が見たいが、もう見えんわ。」
「さ、さ、さ、これに縋らっしゃれ。」
と、ありなしの縁《えん》に曳
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