、鞄を下へ置いたなりで、停車場を、ひょいと出た。まさか持ったなりでは行くまいと、半ば串戯《じょうだん》だったのに――しかし、停車場を出ると、見通しの細い道を、いま教授がのせたなりに、ただ袖に手を掛けたばかり、長い外套の裾をずるずると地に曳摺《ひきず》るのを、そのままで、不思議に、しょんぼりと帰って行くのを見て、おしげなくほろりとして手を組んだ。
 発車した。

 ――お光は、夜《よ》の隙《ひま》のあいてから、これを着て、嬉しがって戸外《おもて》へ出たのである。……はじめは上段の間へ出向いて、
「北国一。」
 と、まだ寝ないで、そこに、羽二重の厚衾《あつぶすま》、枕を四つ、頭あわせに、身のうき事を問い、とわれ、睦言《むつごと》のように語り合う、小春と、雛妓《おしゃく》、爺さん、小児《こども》たちに見せびらかした。が、出る時、小春が羽織を上に引っかけたばかりのなりで、台所まで手を曳いた。――ああ、その時お光のかぶったのは、小児の鳥打帽であったのに――
 黒い外套を来た湯女《ゆな》が、総湯の前で、殺された、刺された風説《うわさ》は、山中、片山津、粟津、大聖寺《だいしょうじ》まで、電車で人とと
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