の支度は、この乳母《うば》どのに誂《あつら》えて、それから浴室へ下りて一浴《ひとあみ》した。……成程、屋の内は大普請らしい。大工左官がそちこちを、真昼間《まっぴるま》の夜討《ようち》のように働く。……ちょうな、鋸《のこぎり》、鉄鎚《かなづち》の賑《にぎや》かな音。――また遠く離れて、トントントントンと俎《まないた》を打つのが、ひっそりと聞えて谺《こだま》する……と御馳走《ごちそう》に鶫《つぐみ》をたたくな、とさもしい話だが、四高(金沢)にしばらく居たことがあって、土地の時のものに予備知識のある学者だから、内々御馳走を期待しながら、門から敷石を細長く引込んだもとの大玄関を横に抜けて、広廊下を渡ると、一段ぐっと高く上る。座敷の入口に、いかにも(上段の間)と札に記してある。で、金屏風の背後《うしろ》から謹んで座敷へ帰ったが、上段の室《ま》の客にはちと不釣合な形に、脇息《きょうそく》を横倒しに枕して、ごろんとながくなると、瓶掛の火が、もみじを焚《た》いたように赫《かッ》と赤く、銀瓶の湯気が、すらすらと楊貴妃を霞ませる。枕もとに松籟《しょうらい》をきいて、しばらく理窟も学問もなくなった。が、ふと
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