、陰気な大年増が襖際《ふすまぎわ》へ来て、瓶掛《びんかけ》に炭を継いで、茶道具を揃えて銀瓶を掛けた。そこが水屋のように出来ていて、それから大廊下へ出入口に立てたのが件《くだん》の金屏風。すなわち玄宗と楊貴妃で、銀瓶は可《い》いけれども。……次にまた浴衣に広袖《どてら》をかさねて持って出た婦《おんな》は、と見ると、赭《あか》ら顔で、太々《だいだい》とした乳母《おんば》どんで、大縞のねんね子|半纏《ばんてん》で四つぐらいな男の児《こ》を負《おぶ》ったのが、どしりと絨毯に坊主枕ほどの膝をつくと、半纏の肩から小児《こども》の顔を客の方へ揉出《もみだ》して、それ、小父《おじ》さんに(今日は)をなさいと、顔と一所に引傾《ひっかた》げた。
 学士が驚いた――客は京の某大学の仏語《ふつご》の教授で、榊《さかき》三吉と云う学者なのだが、無心の小児に向っては、盗賊もあやすと言う……教授でも学者でも同じ事で、これには莞爾々々《にこにこ》として、はい、今日は、と言った。この調子で、薄暗い広間へ、思いのほかのものが顕《あらわ》れるから女中も一々どれが何だか、一向にまとまりが着かなかったのである。
 昼飯《ひる》
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