着いただけに、十畳へ敷詰めた絨毯《じゅうたん》の模様も、谷へ落葉を積んだように見えて薄暗い。大きな床の間の三幅対《さんぷくつい》も、濃い霧の中に、山が遥《はるか》に、船もあり、朦朧《もうろう》として小さな仙人の影が映《さ》すばかりで、何の景色だか、これは燈《あかり》が点《つ》いても判然《はっきり》分らなかったくらいである。が、庭は赤土に薄日がさして、塔形の高い石燈籠《いしどうろう》に、苔《こけ》の真蒼《まっさお》なさびがある。ここに一樹、思うままの松の枝ぶりが、飛石に影を沈めて、颯《さっ》と渡る風に静寂な水の響《ひびき》を流す。庭の正面がすぐに切立《きったて》の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅なる山笹の中を、細く蜿《うね》り蜿り自然の大巌《おおいわ》を削った径《こみち》が通じて、高く梢《こずえ》を上《あが》った処に、建出しの二階、三階。はなれ家の座敷があって、廊下が桟《かけはし》のように覗《のぞ》かれる。そのあたりからもみじ葉越しに、駒鳥《こまどり》の囀《さえず》るような、芸妓《げいしゃ》らしい女の声がしたのであったが――
入交《いれかわ》って、歯を染めた
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