《ようきひ》ともたれ合って、笛を吹いている処だから余程《よっぽど》可笑《おか》しい。
 それは次のような場合であった。
 客が、加賀国|山代《やましろ》温泉のこの近江屋《おうみや》へ着いたのは、当日|午《ひる》少し下る頃だった。玄関へ立つと、面長で、柔和《やわら》かなちっとも気取《きどり》っけのない四十ぐらいな――後で聞くと主人だそうで――質素な男が出迎えて、揉手《もみで》をしながら、御逗留《ごとうりゅう》か、それともちょっと御入浴で、と訊《き》いた時、客が、一晩お世話に、と言うのを、腰を屈《かが》めつつ畏《かしこま》って、どうぞこれへと、自分で荷物を捌《さば》いて、案内をしたのがこの奥の上段の間で。次の室《ま》が二つまで着いている。あいにく宅は普請中でございますので、何かと不行届《ふゆきとどき》の儀は御容赦下さいまして、まず御緩《ごゆっく》りと……と丁寧に挨拶《あいさつ》をして立つと、そこへ茶を運んで来たのが、いま思うとこの女中らしい。
 実は小春日《こはるび》の明《あかる》い街道から、衝《つ》と入ったのでは、人顔も容子《ようす》も何も分らない。縁を広く、張出しを深く取った、古風で落
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