つ湯気につつまれて、布子も浴衣の色に見えた。
 人の出入り一盛り。仕出しの提灯《ちょうちん》二つ三つ。紅《あか》いは、おでん、白いは、蕎麦《そば》。横路地を衝《つい》と出て、やや門《かど》とざす湯宿の軒を伝う頃、一しきり静《しずか》になった。が、十夜をあての夜興行の小芝居もどりにまた冴える。女房、娘、若衆《わかいしゅ》たち、とある横町の土塀の小路《こみち》から、ぞろぞろと湧いて出た。が、陸軍病院の慰安のための見物がえりの、四五十人の一行が、白い装《よそおい》でよぎったが、霜の使者《つかい》が通るようで、宵過ぎのうそ寒さの再び春に返ったのも、更に寂然《せきぜん》としたのであった。
 月夜鴉《つきよがらす》が低く飛んで、水を潜《くぐ》るように、柳から柳へ流れた。
「うざくらし、厭《いや》な――お兄《あん》さん……」
 芝居がえりの過ぎたあと、土塀際の引込んだ軒下に、潜戸《くぐりど》を細目に背にした門口《かどぐち》に、月に青い袖、帯黒く、客を呼ぶのか、招くのか、人待顔に袖を合せて、肩つき寒く佇《たたず》んだ、影のような婦《おんな》がある。と、裏の小路からふらりと出て、横合からむずと寄って肩を
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