水溜《みずたまり》の池がある。が、涸《か》れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に散込んだ柳の葉に、山谷の落葉を誘って、塚を築いたように見える。とすれば月が覗《のぞ》く。……覗くと、光がちらちらとさすので、水があるのを知って、影が光る、柳も化粧をするのである。分けて今年は暖《あたたか》さに枝垂《しだ》れた黒髪はなお濃《こまや》かで、中にも真中《まんなか》に、月光を浴びて漆のように高く立った火の見|階子《ばしご》に、袖を掛けた柳の一本《ひともと》は瑠璃天井《るりてんじょう》の階子段に、遊女の凭《もた》れた風情がある。
このあたりを、ちらほらと、そぞろ歩行《あるき》の人通り。見附正面の総湯の門には、浅葱《あさぎ》に、紺に、茶の旗が、納手拭《おさめてぬぐい》のように立って、湯の中は祭礼《まつり》かと思う人声の、女まじりの賑かさ。――だぶだぶと湯の動く音。軒前《のきさき》には、駄菓子|店《みせ》、甘酒の店、飴《あめ》の湯、水菓子の夜店が並んで、客も集れば、湯女《ゆな》も掛ける。髯《ひげ》が啜《すす》る甘酒に、歌の心は見えないが、白い手にむく柿の皮は、染めたささ蟹《がに》の糸である。
みな立
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