君、可愛い女と一所に居る時は、蚤《のみ》が一つ余計に女にたかっても、ああ、おれの身をかわりに吸え、可哀想だと思うが情だ。涼しい時に虫が鳴いても、かぜを引くなよ、寝冷《ねびえ》をするなと念じてやるのが男じゃないか。――自分で死ぬほど、要らぬ生命《いのち》を持っているなら、おなじ苦労をした女の、寿命のさきへ、鼻毛をよって、継足《つぎたし》をしてやるが可《い》い。このうつくしい、優しい女を殺そうとは何事だ。これ聞け。俺も、こんな口を利いたって、ちっとも偉い男ではない。お互に人間の中の虫だ。――虫だが、書物ばかり食っている、しみのような虫だから、失礼ながら君よりは、清潔《きれい》だよ。それさえ……それでさえ、聞けよ。――心中の相談をしている時に、おやじが蜻蛉《とんぼ》釣る形の可笑《おかし》さに、道端へ笑い倒れる妙齢《としごろ》の気の若さ……今もだ……うっかり手水《ちょうず》に行って、手を洗う水がないと言って、戸を開け得ない、きれいな女と感じた時は、娘のような可愛さに、唇の触ったばかりでも。」
「ううむ、ううむ。」と呻《うな》った。
「申訳のなさに五体が震える。何だ、その女に対して、隠元、田螺《
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