」
草の径《みち》ももどかしい。畦《あぜ》ともいわず、刈田と言わず、真直《まっすぐ》に突切《つっき》って、颯《さっ》と寄った。
この勢いに、男は桂谷の山手の方へ、掛稲を縫って、烏とともに飛んで遁《に》げた。
「おお。」
「あ、あれ、先刻《さっき》の旦那さん。」
遁げた男は治兵衛坊主で――お光に聞いた――小春であった。
「外套を被《かぶ》って、帽子をめして、……見違えて、おほほほほ、失礼な、どうしましょう。」
と小春は襟も帯も乱れた胸を、かよわく手でおさえて、片手で外套の袖に縋りながら、蒼白《まっさお》な顔をして、涙の目でなお笑った。
「おほほほほほ、堪忍、御免なすって、あははははは。」
妙齢《としごろ》だ。この箸がころんでも笑うものを、と憮然《ぶぜん》としつつ、駒下駄が飛んで、はだしの清い、肩も膝も紅《くれない》の乱れた婦《おんな》の、半ば起きた肩を抱いた。
「御免なすって、旦那さん、赤蜻蛉をつかまえようと遊ばした、貴方《あなた》の、貴方の形が、余り……余り……おほほほほ。」
「いや、我ながら、思えば可笑《おか》しい。笑うのは当り前だ。が、気の毒だ。連《つれ》の男は何という乱
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