くむくとして、音のするほど膨れ上って、なお堪《こら》えず、おほほほほ、笑声を吸込んで、遣切《やりき》れなくなって、はち切れた。稲穂がゆさゆさと一斉に揺れたと思うと、女の顔がぼっと出て、髪を黒く、唇を紅《あか》く、
「おほほほほほほほ、あはははははは。」
「白痴奴《だらめ》、汝《おどれ》!」
ねつい、怒《いか》った声が響くと同時に、ハッとして、旧《もと》の路へ遁《に》げ出した女の背に、つかみかかる男の手が、伸びつつ届くを、躱《かわ》そうとしたのが、真横にばったり。
伸《の》しかかると、二ツ三ツ、ものをも言わずに、頬とも言わず、肩とも言わず、男の拳が、尾花の穂がへし折れるように見えて打擲した。
顔も、髪も、土《どろ》まみれに、真白《まっしろ》な手を袖口から、ひしと合せて、おがんで縋って、起きようとする、腕を払って、男が足を上げて一つ蹴た。
瞬くばかりの間である。
「何をする、何をする。」
たかが山家《やまが》の恋である。男女の痴話の傍杖《そばづえ》より、今は、高き天《そら》、広き世を持つ、学士榊三吉も、むかし、一高で骨を鍛えた向陵の健児の意気は衰えず、
「何をする、何をするんだ。
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