、髪の艶《つやや》かな、色の白い女が居て、いま見合せた顔を、急に背けるや否や、たたきつけるように片袖を口に当てたが、声は高々と、澄切った空を、野に響いた。
「おほほほほほ、おほほほ、おほほほほほ。」
おや、顔に何かついている?……すべりを扱《しご》いて、思わず撫《な》でると、これがまた化かされものが狐に対する眉毛に唾《つば》と見えたろう。
金切声で、「ほほほほほほ。」
十歩ばかり先に立って、一人男の連《つれ》が居た。縞《しま》がらは分らないが、くすんだ装《なり》で、青磁色の中折帽《なかおれぼう》を前のめりにした小造《こづくり》な、痩《や》せた、形の粘々《ねばねば》とした男であった。これが、その晴やかな大笑《おおわらい》の笑声に驚いたように立留って、廂《ひさし》睨《にら》みに、女を見ている。
何を笑う、教授はまた……これはこの陽気に外套を着たのが可笑《おかし》いのであろうと思った……言うまでもない。――途中でな、誰を見ても、若いものにも、老人《としより》にも、外套を着たものは一人もなかった。湯の廓は皆柳の中を広袖《どてら》で出歩行《である》く。勢《いきおい》なのは浴衣一枚、裸体《
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