はっと思った時である。
「おほほほほ。ははははは。」
 花々しく調子高に、若い女の笑声が響いた。
 向うに狗児《いぬころ》の形《かげ》も、早や見えぬ。四辺《あたり》に誰も居ないのを、一息の下《もと》に見渡して、我を笑うと心着いた時、咄嗟《とっさ》に渋面を造って、身を捻《ね》じるように振向くと……
 この三角畑の裾の樹立《こだち》から、広野《ひろの》の中に、もう一条《ひとすじ》、畷《なわて》と傾斜面の広き刈田を隔てて、突当りの山裾へ畦道《あぜみち》があるのが屏風のごとく連《つらな》った、長く、丈《せい》の高い掛稲《かけいね》のずらりと続いたのに蔽《おお》われて、半ばで消えるので気がつかなかった。掛稲のきれ目を見ると、遠山の雪の頂が青空にほとばしって、白い兎が月に駈《か》けるようである。下も水のごとく、尾花の波が白く敷く。刈残した粟《あわ》の穂の黄色なのと段々になって、立蔽う青い霧に浮いていた。
 と見向いた時、畦の嫁菜を褄《つま》にして、その掛稲の此方《こなた》に、目も遥《はるか》な野原刈田を背にして間《あわい》が離れて確《しか》とは見えぬが、薄藍《うすあい》の浅葱《あさぎ》の襟して
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