る。病院の背後を劃《しき》って、蜿々《うねうね》と続いた松まじりの雑木山は、畠を隔てたばかり目の前《さき》に近いから、遠い山も、嶮《けわ》しい嶺《みね》も遮られる。ために景色が穏かで、空も優しい。真綿のように処々白い雲を刷《は》いたおっとりとした青空で、やや斜《ななめ》な陽が、どことなく立渡る初冬の霧に包まれて、ほんのりと輝いて、光は弱いが、まともに照らされては、のぼせるほどの暖かさ。が、陰の袖は、そぞろに冷い。
 その近山《ちかやま》の裾《すそ》は半ば陰ったが、病院とは向う合せに、この畷から少し低く、下《くだ》りめになって、陽の一杯に当る枯草の路《みち》が、ちょろちょろとついて、その径《こみち》と、畷の交叉点《こうさてん》がゆるく三角になって、十坪ばかりの畑が一枚。見霽《みはらし》の野山の中に一つある。一方が広々とした刈田《かりた》との境に、垣根もあったらしいが、竹も塀もこわれごわれで、朽ちた杭《くい》ばかり一本、せめて案山子《かかし》にでも化けたそうに灰色に残って、尾花が、ぼうと消えそうに、しかし陽を満々と吸って、あ、あ、長閑《のどか》な欠伸《あくび》でも出そうに、その杭に凭《もた
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