ょいと尻を持立《もった》てる。遁構《にげがまえ》でいるのである。
「お光さんか、年紀《とし》は。」
「知らない。」
「まあ、幾歳《いくつ》だい。」
「顔だ。」
「何、」
「私の顔だよ、猿だてば。」
「すると、幾歳だっけな。」
「桃栗三年、三歳《みッつ》だよ、ははは。」
 と笑いながら駈出《かけだ》した。この顔が――くどいようだが――楊貴妃の上へ押並んで振向いて、
「二十《はたち》だ……鼬《いたち》だ……べべべべ、べい――」

       四

 ここに、第九師団|衛戍《えいじゅ》病院の白い分院がある。――薬師寺、万松園《まんしょうえん》、春日山《かすがやま》などと共に、療養院は、山代の名勝に入っている。絵はがきがある。御覧なさい。
 病院にして名勝の絵になったのは、全国ここばかりであろうも知れない。
 この日当りで暖かそうなが、青白い建ものの、門の前は、枯葉半ば、色づいた桜の木が七八株、一列に植えたのを境に、もう温泉《いでゆ》の町も場末のはずれで、道が一坂小だかくなって、三方は見通しの原で、東に一帯の薬師山の下が、幅の広い畷《なわて》になる。桂谷《かつらだに》と言うのへ通ずる街道であ
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