「あれ、小春さんが坊主の店に居ただかね。すいても嫌うても、気立《きだて》の優しいお妓《こ》だから、内証《ないしょ》で逢いに行っただろさ。――ほんに、もうお十夜だ――気むずかしい治兵衛の媼《ばば》も、やかましい芸妓屋の親方たちも、ここ一日《いちんち》二日《ふつか》は講中《こうじゅう》で出入りがやがやしておるで、その隙《ひま》に密《そっ》と逢いに行ったでしょ。」
「お安くないのだな。」
「何、いとしゅうて泣いてるだか、しつこくて泣かされるだか、知れたものではないのだよ。」
「同じ事を……いとしい方にしておくがいい。」
と客は、しめやかに言った。
「厭《いや》な事だ。」
「大層嫌うな。……その執拗《しつこ》い、嫉妬《しっと》深《ぶか》いのに、口説《くど》かれたらお前はどうする。」
「横びんた撲《は》りこくるだ。」
「これは驚いた。」
「北国一だ。山代の巴《ともえ》板額《はんがく》だよ。四斗八升の米俵、両手で二俵提げるだよ。」
「偉い!……その勢《いきおい》で、小春の味方をしておやり。」
「ああ、すべいよ、旦那さんが言わっしゃるなら。……」
「わざと……いささかだけれど御祝儀だ。」
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