えぬしの方で承知しねえだよ。摺《す》った揉《も》んだの挙句が、小春さんはまた褄《つま》を取っているだがね、一度女房にした女が、客商売で出るもんだで、夜《よ》がふけてでも見なさいよ、いらいらして、逆気上《のぼせあが》って、痛痒《いたがゆ》い処を引掻《ひっか》いたくらいでは埒あかねえで、田にしも隠元豆も地だんだを蹈《ふ》んで喰噛《くいかじ》るだよ。血は上ずっても、性《しょう》は陰気で、ちり蓮華《れんげ》の長い顔が蒼《あお》しょびれて、しゃくれてさ、それで負けじ魂で、張立てる治兵衛だから、人にものさ言う時は、頭も唇も横町へつん曲るだ。のぼせて、頭ばっかり赫々《かッかッ》と、するもんだで、小春さんのいい人で、色男がるくせに、頭髪《かみのけ》さ、すべりと一分刈にしている処で、治兵衛坊主、坊主治兵衛だ、なあ、旦那。」
 かくと聞けば、トラホーム、目の煩いと思ったは恥かしい。袂《たもと》に包んだ半紙の雫《しずく》は、まさに山茶花《さざんか》の露である。
「旦那さん、何を考えていなさるだね。」

       三

「そうか――先刻《さっき》、買ものに寄った時、その芸妓《げいしゃ》は泣いていたよ。」

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