たり。
「腹が空いたろで、早くお飯《まんま》を食わせようと思うたでね。急《せ》いたわいな、旦那さん。」
と、そのまま跳廻《はねまわ》ったかと思うと。
「北国一だ。」
と投げるように駈《か》け出した。
酒は手酌が習慣《くせ》だと言って、やっと御免を蒙《こうむ》ったが、はじめて落着いて、酒量の少い人物の、一銚子を、静《しずか》に、やがて傾けた頃、屏風の陰から、うかがいうかがい、今度は妙に、おっかなびっくりといった形で入って来て、あらためてまた給仕についたのであった。
話は前後したが、涙の半紙はここにあった。客は何となく折を見て聞いたのである。
「いましがたちょっと買ものをして来たんだが、」
と言継いで、
「彼家《あそこ》に、嫁さんか、娘さんか、きれいな女が居るだろう。」
「北国一だ。あはははは。」
と、大声でいきなり笑った。
「まあまあ、北国一としておいて、何だい、娘かい、嫁さんかい。」
また大声で、
「押惚《おっぽ》れたか。旦那さん。」
「驚かしなさんな。」
「吃驚《びっくり》しただろ、あの、別嬪《べっぴん》に。……それだよ、それが小春《こはる》さんだ。この土地の芸妓《
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