はだか》も見えた。もっとも宿を出る時、外套はと気がさしたが、借りて着込んだ浴衣の糊《のり》が硬々《こわごわ》と突張《つっぱ》って、広袖の膚《はだ》につかないのが、悪く風を通して、ぞくぞくするために、すっぽりと着込んでいるのである。成程、ただ一人、帽子も外套も真黒《まっくろ》に、畑に、つッくりと立った処は、影法師に狐が憑《つ》いたようで、褌《ふんどし》をぶら下げて裸で陸《おか》に立ったより、わかい女には可笑《おか》しかろう……
 いや、蜻蛉釣《とんぼつり》だ。
 ああ、それだ。
 小鬢《こびん》に霜のわれらがと、たちまち心着いて、思わず、禁ぜざる苦笑を洩《もら》すと、その顔がまた合った。
「ぷッ、」と噴出すように更に笑った女が、堪《たま》らぬといった体《てい》に、裾をぱッぱッと、もとの方《かた》へ、五歩《いつあし》六歩《むあし》駈戻《かけもど》って、捻《ね》じたように胸を折って、
「おほほほほ。」
 胸を反《そら》して、仰向《あおむ》けに、
「あはははは。」
 たちまちくるりとうしろ向きに、何か、もみじの散りかかる小紋の羽織の背筋を見せて、向うむきに、雪の遠山へ、やたらに叩頭《おじぎ》をする姿で、うつむいて、
「おほほ、あはは、あははははは。あははははは。」
 やがて、朱鷺色《ときいろ》の手巾《ハンケチ》で口を蔽うて、肩で呼吸《いき》して、向直って、ツンと澄《すま》して横顔で歩行《ある》こうとした。が、何と、自《おのず》から目がこっちに向くではないか。二つ三つ手巾に、すぶりをくれて、たたきつけて、また笑った。
「おほほほほ、あははは、あははははは。」
 八口《やつくち》を洩《も》る紅《くれない》に、腕の白さのちらめくのを、振って揉《も》んで身悶《みもだえ》する。
 きょろんと立った連《つれ》の男が、一歩《ひとあし》返して、圧《おさ》えるごとくに、握拳《にぎりこぶし》をぬっと突出すと、今度はその顔を屈《かが》み腰に仰向いて見て、それにも、したたかに笑ったが、またもや目を教授に向けた。
 教授も堪《こら》えず、ひとり寂しくニヤニヤとしながら、半ば茫然として立っていたが、余りの事に、そこで、うっかり、べかッこを遣ったと思え。
「きゃっ、ひいッ。」と逆に半身を折って、前へ折曲げて、脾腹《ひばら》を腕で圧えたが追着《おッつ》かない。身を悶え、肩を揉み揉みへとへとになったらしい。……畦の端の草もみじに、だらしなく膝をついた。半襟の藍に嫁菜が咲いて、
「おほほほほほほ、あはははは、おほほほほほ。」
 そこを両脇、乳も、胸も、もぞもぞと尾花が擽《くすぐ》る! はだかる襟の白さを合すと、合す隙に、しどけない膝小僧の雪を敷く。島田髷《しまだ》も、切れ、はらはらとなって、
「堪忍してよう、おほほほほ、あははははは。」
 と、手をふるはずみに、鳴子縄《なるこなわ》に、くいつくばかり、ひしと縋《すが》ると、刈田の鳴子が、山に響いてからからから、からからからから。
「あはははははは。おほほほほほ。」
 勃然《むっ》とした体《てい》で、島田の上で、握拳の両手を、一度|打擲《ちょうちゃく》をするごとくふって見せて、むっとして男が行くので、はあはあ膝を摺《ず》らし、腰を引いて、背には波を打たしながら、身を蜿《うね》らせて、やっと立って、女は褄を引合せざまに振向くと、ちょっと小腰を屈めながら、教授に会釈をするが疾《はや》いか。
「きゃあ――」と笑って、衝《つ》と駈《か》けざまに、男のあとを掛稲の背後《うしろ》へ隠れた。
 その掛稲は、一杯の陽の光と、溢《あふ》れるばかり雀を吸って、むくむくとして、音のするほど膨れ上って、なお堪《こら》えず、おほほほほ、笑声を吸込んで、遣切《やりき》れなくなって、はち切れた。稲穂がゆさゆさと一斉に揺れたと思うと、女の顔がぼっと出て、髪を黒く、唇を紅《あか》く、
「おほほほほほほほ、あはははははは。」
「白痴奴《だらめ》、汝《おどれ》!」
 ねつい、怒《いか》った声が響くと同時に、ハッとして、旧《もと》の路へ遁《に》げ出した女の背に、つかみかかる男の手が、伸びつつ届くを、躱《かわ》そうとしたのが、真横にばったり。
 伸《の》しかかると、二ツ三ツ、ものをも言わずに、頬とも言わず、肩とも言わず、男の拳が、尾花の穂がへし折れるように見えて打擲した。
 顔も、髪も、土《どろ》まみれに、真白《まっしろ》な手を袖口から、ひしと合せて、おがんで縋って、起きようとする、腕を払って、男が足を上げて一つ蹴た。
 瞬くばかりの間である。
「何をする、何をする。」
 たかが山家《やまが》の恋である。男女の痴話の傍杖《そばづえ》より、今は、高き天《そら》、広き世を持つ、学士榊三吉も、むかし、一高で骨を鍛えた向陵の健児の意気は衰えず、
「何をする、何をするんだ。
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