》れている。藁《わら》が散り、木の葉が乱れた畑には、ここらあたり盛《さかん》に植える、杓子菜《しゃくしな》と云って、株の白い処が似ているから、蓮華菜《れんげな》とも言うのを、もう散々に引棄てたあとへ、陽気が暖《あたたか》だから、乾いた土の、ほかほかともりあがった処へ、細く青く芽をふいた。
 畑の裾は、町裏の、ごみごみした町家《まちや》、農家が入乱れて、樹立《こだち》がくれに、小流《こながれ》を包んで、ずっと遠く続いたのは、山中|道《みち》で、そこは雲の加減で、陽が薄赤く颯《さっ》と射《さ》す。
 色も空も一淀《ひとよど》みする、この日溜《ひだま》りの三角畑の上ばかり、雲の瀬に紅《べに》の葉が柵《しがら》むように、夥多《おびただ》しく赤蜻蛉《あかとんぼ》が群れていた。――出会ったり、別れたり、上下《うえした》にスッと飛んだり。あの、紅また薄紅、うつくしい小さな天女の、水晶の翼は、きらきらと輝くのだけれど、もう冬で……遊びも闌《たけなわ》に、恍惚《うっとり》したらしく、夢を※[#「彳+尚」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよ》うように、ふわふわと浮きつ、沈みつ、漾《ただよ》いつ。で、時々目がさめたように、パッと羽を光らせるが、またぼうとなって、暖かに霞んで飛交う。
 日南《ひなた》の虹《にじ》の姫たちである。
 風情に見愡《みと》れて、近江屋の客はただ一人、三角畑の角に立って、山を背に繞《めぐ》らしつつ彳《たたず》んでいるのであった。
 四辺《あたり》の長閑《のど》かさ。しかし静《しずか》な事は――昼飯を済《すま》せてから――買ものに出た時とは反対の方に――そぞろ歩行《あるき》でぶらりと出て、温泉《いでゆ》の廓《くるわ》を一巡り、店さきのきらびやかな九谷焼、奥深く彩った漆器店。両側の商店が、やがて片側になって、媚《なまめ》かしい、紅《べに》がら格子《ごうし》を五六軒見たあとは、細流《せせらぎ》が流れて、薬師山を一方に、呉羽神社《くれはじんじゃ》の大鳥居前を過ぎたあたりから、往来《ゆきか》う人も、来る人も、なくなって、古ぼけた酒店《さかみせ》の杉葉の下《もと》に、茶と黒と、鞠《まり》の伸びたほどの小犬が、上になり下になり、おっとりと耳を噛《か》んだり、ちょいと鼻づらを引《ひっ》かき合ったり。……これを見ると、羨《うらや》ましいか、桶
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