いのに、口実がなくつては不可ませんから、途中から引返したことなどもあつたんです。それから本を借りて持つて入るときに、見付けられるとわるいから帯の下と背中へ入れるんです。是が後でナカ/\用にたつたことがある。質屋へ物を持つて行くに此の伝で下宿屋を出るので、訳はないのです。確に綿入三枚……怪しからんこツた。もし何処へ往つたと見咎《みとが》められると、こゝに不思議な話がある、極《ごく》ないしよなんだけれども、褌《ふんどし》を外して袂《たもと》へ忍ばせて置くんで、宜《よ》うがすか、何の為だと云ふと、其塾の傍に一筋の小川が流れて居る、其小川へ洗濯に出ましたと斯《か》う答へるんです。さうすると剣突を喰つて、「どうも褌を洗ひに行きますと云ふのは、何だか申上げ悪《にく》いから黙つて出ました。」と言ひ抜ける積りさ。
 それから読む時、一番困つたのは彼の美少年録、御存じのとほり千ペエジ以上といふ分厚なんです。いつたい何時も誤魔化読《ごまかしよみ》をする時には、小説を先づ斯う開いて、其上へ、詰り英語の塾だから、ナシヨナル読本、スイントンの万国史などを載せる。片一方へ辞書を開いて置くのです。さうして跫音がする
前へ 次へ
全15ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング