か能《よ》く覚えて居ませんが、其中に遺恨骨髄に徹して居る本が一冊あります。矢張難波戦記流の作なんですが、借りて来て隠して置いたのを見付かつたんで、御取上げとなつて仕舞つた。処で其時分は見料が廉《やす》いのだけれども、此本に限つて三十銭となつた。
 南無三宝三十銭、支出する小遣がないから払ふ訳に往《ゆ》かない。処で、どう間違つたか小学校の先生が褒美にくれました記事論説文例、と云ふのを二冊売つたんです、是が悪事の初めさ。それから四書を売る。五経を殺すね。月謝が滞る、叔母に泣きつくと云ふ不始末。のみならず、一度ことが露顕に及んでからは、益々塾の監督が厳重になつて読むことが出来なくなつた。さうなると当人既に身あがりするほどの縁なんだから、居ても起《た》つても逢ひたくツて、堪《たま》りますまい。毎日夕刻|洋燈《ラムプ》を点《つ》ける時分、油壷の油を、池の所へあけるんです。あけて油を買ひに、と称して戸外《おもて》へ出て貸本屋へ駈付ける。跫音《あしおと》がしては不可《いか》んから跣足《はだし》で出たこともありますよ。処がどうも毎晩油を買ひに行く訳にいかないぢやありませんか。何か工風をしなければならな
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