だから旋盤では、甲吉ひとりが退《の》けものだった。誰も話しかけようとするものさえない。
「煙草なら、あるぜ」
いつかも甲吉、ひるの休みに俺の方へバットの函をポンと投げ出したものだ。
「おい、海野、一本呉れ」
俺はスキャップの煙草なんか汚[#「汚」に「×」の傍記]らわしいと云わぬばかりの苦笑を一つして、海野という男の方へ手を出してやった。甲吉の投げたバットの函は俺の膝に当って、空地の草の上に落ちた。
「カッしても盗泉の水は飲まずか」と山木の源公が云った。
「何だい、それゃ」と、海野が立上って「インテリ臭いや、漢文じゃねえか」
云いながら、海野は俺の前につかつかと寄って来て煙草を呉れたが、ふと俺が見ると、海野の奴、その拍子に、ギュッとばかり、甲吉のバットの函の上を靴の下に踏み付けてるじゃないか。わざとだ。
俺はさすがに甲吉が気の毒になって、
「もう止《よ》せよ」と、そっと海野に云った。
それから何日かたつ頃だ、会社からの帰りみちで、うしろから俺を呼ぶものがある。
「何だ、お前えか」
俺は、俺を呼び止《と》めたのが甲吉だと知ると、思い切り詰らなそうな顔をして見せた。「お前えと一緒
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