を見詰めてゐたが、それでも通話の道を得た滿足らしい表情を見せた。その表情はますます私を畏縮させたが、續いて彼が何かを云はうとした時、反對に彼の詞を遮つて私は訊ねた。
「英語はお話せになりませんか?」
「いや、駄目です。然し、フランスかドイツならば……」
「ドイツ語がお話しになれるんですか。私もそれなら少しはやれます……」と、自分ながら文法書の引例のやうな堅苦しいドイツ語に氣が差しながら、そして、自ら厚顏に驚きながら云つた。
「ふむ。ドイツ語が話せますか?」老人は羊のやうな優しい眼をしばだたかせて頷いた。そして、コツプの縁を叩きながら、給仕女にビイルを命じた。
「おい、僕にもくれ給へ……」私も續いて云つた。「何だい。そんなににやにや笑ふなよ。全く汗みづくだ。ドイツだつてずゐ分怪しいんだからな……」と、私は煙草を吹かしながら皮肉らしく笑つてゐるKを振り返つた。
「かうなりや仕方がない。やるだけやるさ……」かう云つたKに顏を見合せて笑つた時、傍の老人はそれを自分に對する好感の表現とでも思つたのか、同時に快活に笑つた。
「君は學生ですか?」ビイルを一口啜つてかう云つた老人のドイツ語は、期待した
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング