霧の夜に
南部修太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)殘虐《グラウザム》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その|寂しい《アインザアム》と云ふ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)軋りが[#「軋りが」は底本では「軌りが」]
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霧の深い、暖かな晩だつた。誘はれるやうに家を出たKと私は、乳色に柔かくぼかされた夜の街を何處ともなく彷徨ひ歩いた。大氣はしつとりと沈んでゐた。そして、その重みのある肌觸りが私の神經を異樣に昂ぶらせた。私の歩調はともすれば早み勝ちだつた。――私達はK自身の羸ち得た或る幸福に就いて、絶えず語り續けた。それは二人の心持を一そう興奮させた。そして、夜の更けるのも忘れてゐた。
「咽喉が渇いたね……」さう云つて、私達は或る裏通のカフエエにはいつた。丁度十一時を少し過ぎてゐた。
それは全く初めての、見知らぬカフエエだつた。中は明りや飾りのけばけばしい割に、がらんとしてゐた。Kと私と、私達から二三卓を離れた暖爐の前の卓を圍む三人――その一人は外國人だつた――と、帳場の前に固つた四人の給仕女達と、
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