それが廣い室内の人影で、如何にも冬の夜更けらしい寂しさを感じさせた。
「ほんとに咽喉が渇いた。紅茶にしよう……」と云つて、私達は熱い紅茶を啜つた。
 暖爐の前の男の一人はもう可成り醉つてゐた。
「ねえ君、己のロシヤ語なんざあ怪しいもんさ。あつはつはあ……」と、彼は肥つた體を搖す振つて豪傑笑ひをしながら、連れの男を振り返つた。「何しろ、チタの監獄で聞き覺えたきりなんだ。それももう十五六年前と來ちやあ、忘れるのも無理はないよ……」彼は割れるやうなだみ聲で得意らしくかう云つて、ウ井スキイのグラスを取り上げた。
「處で、ガスボデイン。燐寸のことはスピイチカつと……。今度は君の名が聞きたいんだ。と云つたつて分らねえしな。名前、名前、何てつたつけな。畜生奴つ……」彼は醉ひにたるんだ眼を傍の外國人へ眞面に向け掛けて、じれつたさうに云つた。
「………………」その饒舌な醉ひどれ男の日本語を當惑氣な笑顏で聞き入つてゐた外國人は、幽かな聲で何かを呟いた。彼は如何にも人の好きさうな老人だつた。頭髮は既に雪白に變つて、禿げ上つた額の皺の五六條と、その額の下に隱れてゐる、優しい、細い眼の光が、上品な、そして、何と
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