力強く受け答へた。そして、ビイルのコツプ片手に立ち上ると、彼は少しよろめきながら、その丈高い痩躯を私の卓に近附けて來た。彼の顏には今までの力の無い、寂しげな微笑は消えて、恰も舊知に接したやうな晴れやかな眼色と、故國の文字を讀み上げた異國の青年に對する好奇の光とが、その顏中に表れた。が、うす白髮の髭の生えた口元を喜びに笑み崩しながら、被さるやうに迫つて來たその姿を見ると、私は何となくどぎまぎし出した。そして、聞き噛りの語學に對する無力の頼りなさは、その時一齊に私に注がれた人達の視線と共に、かつと私の顏を燃え上らせた。私は俯向いて、てれ隱しに冷えた紅茶を啜つた。
 老人は私の傍の椅子に腰を降して、もう一度ぢつと私の顏を覗き込んだ。白哲人種特有の體臭がむつと私の鼻を衝いた。
「君はロシヤ語が話せるんですか?」と、老人はロシヤ語で訊ねた。
「いいえ……」と、私が答へると、老人の顏には期待を裏切られた當惑の色がまざまざと浮んだ。
「でも、君は字が讀めるぢやありませんか。」
「字は少し讀めます。然し、話はまるで駄目です……」老人は怪しげな發音の、そして全く片言の私の詞を聞きながら、不思議な面持で私
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