それが今《いま》ほど一|般的《ぱんてき》になるまでには二三十|年《ねん》はかかつてゐる。戸外《こぐわい》スポオツにしても、野球《やきう》は勿論《もちろん》だが、近頃《ちかごろ》それと人氣《にんき》を角逐《かくちく》しかけて來《き》た蹴球《しうきう》にしてもその今日《こんにち》を見《み》るまでには慶應義塾蹴球部《けいおうぎじゆくしうきうぶ》の隱《かく》れたる長《なが》い努力《どりよく》があつた。が、麻雀《マアジヤン》は忽《たちま》ちにして日本《にほん》の社會《しやくわい》に飛躍《ひやく》した。これは一|面《めん》は明《あきらか》に麻雀戲《マアジヤンぎ》そのものの魅力《みりよく》からだ。そして、一|面《めん》は空閑緑《くがみどり》以下《いか》の識者《しきしや》の盡力《じんりよく》からに違《ちが》ひない。
 僕《ぼく》の知《し》る限《かぎ》りでは、日本《にほん》の麻雀《マアジヤン》の發祥地《はつしやうち》は例《れい》の大震災後《だいしんさいご》に松山《まつやま》省《しやう》三が銀座裏《ぎんざうら》から移《うつ》つて一|時《じ》牛込《うしごめ》の神樂坂上《かぐらざかうへ》に經營《けいえい》して
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