、突然武井が叫んだ。行き着く處をそれとなく豫想してゐたみんなは、はつと思つて武井を振り返つた。そして何云ふとなく口を噤《つぐ》んでしまつた。
みんなの心の底を割つてみれば、先生に對して不滿や反感があつたにしても、流石《さすが》に排斥と云つたやうな強い詞を出すのは何となく憚《はばか》られた。殊にみんなは先生の人の好さ眞正直さを十分認めてゐた。認めてゐるだけに、今まで自分達が先生に對して取つて來た態度が、幾らかうしろめたい心持で省《かへりみ》られた。何故ならば、自分達の團結力を頼みにして、故意に先生の神經を苛立たせ、無理に先生の講義を分らない物にしてしまふやうな意地惡さがなかつたとは云へないから……、そしてもう少し柔かく靜かに迎へたならば、先生の氣持をあれ程までに擾亂《ぜうらん》させなかつたに違ひないから……。然し、各自は密《ひそ》かにさう思つてゐたにしても、クラス全體に行き亘《わた》つてゐる群衆心理はそれを容易《たやす》く征服した。そして或る一點へ進まうとする根強い力が既に兆《きざ》してゐるのをみんなは意識してゐた。その力に反抗する事はこの場合不可能であり、またそれを一人で裏切る事が何
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