理解を持つてゐた。彼が細《こまか》く質問し始めると、先生は多くの場合無學さを曝露して答へることが出來なかつた。先生はその時もみじめな程の焦燥を見せて、何度か口籠つた。先生のねぢくれた感情が、首藤の質問を故意の時間潰しと思つたのは無理もない。そして仕舞ひには彼を口穢《くちぎたな》く罵《ののし》つた。
「何、分らん……これで分らんきやあ君は低能兒だ。」先生は本を教机に叩き着けて、劇《はげ》しく呶鳴《どな》つた。温良な首藤も流石《さすが》に興奮の色を見せて、激越な調子で先生に食つて掛かつた。先生の態度の邪慳《じやけん》さがみんなの反抗心を強めた。
 春は何時《いつ》しか更《ふ》けて行つた。學校に隣つたT公園の杉林がその緑を日に増し深めて行くと共に、校庭の土の上に落ちる日の光が夏の近いのを思はせるやうに、ぎらぎらと輝き出した。そして化學教室の裏手の樹蔭が、帽子に白の覆ひを被《かぶ》せ始めた生徒達の好んで休む集合所となる頃には、猫又先生に對するみんなの不滿が次第に高潮して來た。先生の詞訛りの可笑しさに先づ敬意の幾分かを傷つけられた私達は、退屈な講義に倦怠を覺え、絶えず grimace の浮んだ顏
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